芥川賞作家・若竹千佐子の初エッセイ集『台所で考えた』11月25日発売! 主婦から、夫の死を経て63歳で作家に。何歳になっても面白い! 老いは自由! 人が生きる意味とは? 生活目線、共感必至の36篇
夫を亡くし、63歳で主婦から作家に
大ベストセラー/芥川賞受賞作『おらおらでひとりいぐも』著者の初エッセイ集
身近な人の死、孤独と自由、新しい老い、自分を知る楽しさ、
家族の形、ひとりで生きること、みんなで生きること――
書いて考えて辿りついた、台所目線の哲学
2018年にデビュー小説『おらおらでひとりいぐも』が芥川賞を受賞、その後、世界10か国超で翻訳、刊行が決定。2022年には、同作のドイツ語版『Jeder geht für sich allein』(ユルゲン・シュタルフ訳)でドイツの著名な文学賞、リベラトゥール賞を受賞した若竹千佐子さん。
世界が注目する作家の初エッセイ集は、一篇一篇が読者の心をつかむ珠玉の一冊となりました。
若竹千佐子さん初めてのエッセイ集『台所で考えた』(税込価格1,595円)の発売にぜひご注目ください。
■NHK『こころの時代』で大反響!「ドラゴンボール」(本書収録)を特別掲載
小さなアパートに にぎやかな曲が流れている
年若い夫婦と小さな子供の三人家族が住んでいる
そうさ いまこそアドベンちゃん
小さな息子にはアドベンチャーは自分と同じかわいい男の子の名前なのだ
息子のかわいらしい勘違いを笑いながら
妻は傍らの夫にささやく
「ねぇ わたしたちも永遠の命がほしいと思わない」
肯定の返事が今すぐにでも聞けると思いながら
「いやだね 永遠の命があれば俺は永遠に働き続けなくちゃならない」
目を丸くする妻に 夫は優しい目でさらに言う
「終わりがあるからいいんだよ 終わりがあるから 今 頑張れる」
歳月が流れる
風のように 雲のように
一戸建ての家には 中年の夫婦と 高校生の息子 小学生の娘が住んでいる
年々膨らむ教育費をまかなうために 妻は外に働きに出る
働くということがコップ一杯の喜びと
コップ百杯の忍耐とで出来上がっていることに 妻は気づく
疲れた妻は夫にささやく
「ねぇ 永遠の命なんていらないよね」
「あはは やっと俺の気持ちが分かったか」
そして 変わらぬやさしさで妻にこう言う
「終わりがあるからいいんだよ 終わりがあるから 今 頑張れる」
歳月が流れる
風のように 雲のように
がらんどうの 静かな家の中で
独りになった妻は夫の遺影に向かってこう叫ぶ
「永遠の命なんかいらない 今すぐ
今すぐ あなたのところに 私を連れて行って」
写真の夫は やさしく妻に微笑みかける
けれども何にも答えない
妻はなおも懇願する
夫は何にも答えない
眠れない夜 浅い呼吸のそのうちに
それでも朝はやってくる
残酷な朝はやってくる
独りになった妻には
一日は永遠のように長いのだ